私が席に着くと、その医者は、モニターを見ながら説明を始めた。
「受精おめでとうございます。さて早速ですが、これはお宅のお子さんの遺伝子を検査した結果です。」
その口調は淡々として事務的で、私の目を見ることもない。ときおり、いらだたしいように座っている椅子を左右にきしませる。何回も同じような事を繰り返すのに、うんざりしているのだろう。
医者は、相変わらずモニターを見ながら、説明を始めた。
「身長は低め、やや細身の体型になります。」
「はあ」
「お酒は飲めず、頭が禿げる可能性はストレスとの関係もありますが、ないと言っていいでしょう。」
「はい」
「さて、学習面についてです。論理理解力と現実執着性が強く、また記憶能力に優れています。よって、理科分野、特に化学系の知識の習得に適しています。数学分野の能力も高いですが、これに関しては現実執着性が逆に習得意欲を阻害するでしょう。」
「化学、ですか・・・」
「後述するように対人能力が若干低いため、社会分野においては特に歴史系の習得には若干の障害が生じますが、記憶能力が優れているため、平均的な能力を発揮するでしょう。地理系の習得の方が向いていると言えます。」
「歴史よりも地理・・・」
「また、婉曲表現や詩的表現、アフォーダンスなコミュニケーションについての理解能力は若干低いです。このため、国語分野、特に文学的作品の読解や交渉・リーダーシップ能力は弱いと言えます。」
「はあ」
「以上です」
そこで初めて医者は顔を上げた。その表情には暖かみのかけらも見えず、もう用は済んだだろうからさっさと帰ってくれと言わんばかりだ。しかし私は、あえて勇気を出して聞いてみた。
「で、どのような教育プログラムを施せば、この子は良い大人になるのでしょう?」
「それは各ご夫婦でそれぞれの価値観がおありでしょうし、私は教育者ではありませんから、なんともコメントいたしかねます。」
そのセリフは不自然なほどソフトかつ流ちょうだった。まるで、何百回も繰り返されたかのような響きだった。だから私には、返す言葉がなかった。