UnsplashのMollie Sivaramが撮影した写真
昨年11月にGIGAスクール端末の更新が決まりましたが、教育に活用するテクノロジーを総称して「EdTech」という言葉があるのをご存知でしょうか。エドテックと読みます。EdはEducationの略です。江戸テックではないですよ。念のため。
近年、教育現場へのEdTech導入が加速しています。その中で、EdTechに対する高校生の関心と理解力の高さが注目されています。郁文館グローバル高校の総合人間科学ゼミの高校生たちは、AIやXR機器の教育利用、ICT教育とアナログ教育のバランスなど、EdTechに関する様々なテーマについて問題意識を持ち調査・探究を行っています。
彼らのレポートから、教育現場でのEdtechの受け止め方を見てみましょう。
1つ目のレポートは、AIを使った授業で先生と生徒が得られるものについてのものです。ChatGPTを使えば、生徒は質の高いレポートをすぐに作成できてしまいます。生徒がAIを活用して効率的に学習を進めることができる一方で、教員はAIの不正利用を見抜く必要があるということが読み取れます。
今年受験生となりました。総合型選抜や公募推薦での合格を目指し、学校のゼミの活動や小論文講座などをがんばっています。でも小論文を書いているうちになんとなく思うことは、ChatGPTの方が早くて正確なものを書けるのではないか、ということです。例えば簡単な実験をしてみましょうか。次の文をChatGPTに打ち込んでみます。
「小論文を書いてください。構成は序論で問題提起、本論1で状況説明と方向性、本論2で反駁、結論です。テーマは日本の高齢社会に対し、取るべき政策です。800字でお願いします」
……すぐにできました。ええ、私が描くよりも明確で論理的な文章が出てきましたとも。自分の文章と比較して、自己嫌悪に陥ると共に、こうも思うのです。「あれ、こんなに簡単に出力できるのなら論文なんて必要ないのでは」、と。そしてきっとなまけたい生徒はChatGPTなどのAIを使って宿題を出すはずです。その場合、先生は見破ることはできるのでしょうか。
同じような疑問を持っている人は多いのでしょう。マルチメディアWEBポータルのBig Thinkサイトの記事では、AIの論文と生徒の論文の採点を行い、どちらが優れているかを調査しています。結果は高校生が6 点中 3.69 で、ChatGPT-4 のスコアは 4.68でした。ただし、ChatGPTは結論の出だしの書き方が統一されていたとのこと。それならば、私は文章の出だしを書き直して、ついでに自分の考えを書き足したり、違う論証資料を集めておけば、先生にばれないでしょう。それに800字書くためにかかる80分を質の向上にあてればもっと良くなるはず。
ほんの少し後ろめたいですが、Big Thinkサイトの記事にも「AI モデルが改良され、特定の人間の努力がますます時代遅れになっています。テクノロジー主導の時代により適した、より現代的な追求に向けて教育に焦点を合わせ直すべきではないか」とあります。質の向上という結果さえ保証できるならば、授業のAI利用もすべきでしょう。
さて、小論文も書き終わり提出しようとすると、小論の内容を何も見ずに読み上げて録音をするように、と先生から指示がありました。何でもChatGPT対策で、確実に生徒から直接出力できるか試すとのこと。また音声入力でテキスト化してChatGPTでルーブリック評価をするらしい。
なんだ、先生も使っているじゃないですか。実は私もChatGPT使いました、と白状したら、入試ではAIは使えないぞ、と叱られてしまいました。
参考:Students use calculators to do math. Let them use ChatGPT to write
2つ目のレポートレポートは、Meta社のVRゴーグル(Meta Quest3)の教育版が2024年後半にアメリカでリリース予定であり、XR教育の普及に前進があるというものです。アプリなどのインストールや閲覧の制限、セキュリティ、設定管理の一元化など、教育現場で必要となる機能を備えたVRデバイスの登場は、XR教育の実現に向けた大きな一歩となりそうですね。
🔳教育向けの新しいメタクエスト製品が今年リリース予定
Meta のグローバル アフェアーズ担当社長 Nick Clegg氏がプロモーションビデオの中で教育ソリューションモデルを2024年後半に出すと発表しました。
新しい管理機能により、教師は教室内で複数の Quest デバイスを同時に利用できるようになります。 さらに個別に更新したり、手動で個別に事前準備したりする必要がなくなるとのことです。
日本でのXR教育の普及を阻むものは、第1にハードの値段です。第2に教員が授業で一斉に操作できない、管理できないということでした。例えばVR授業をしていても、子供達が勝手に違うことをし始めると授業そのものが崩壊してしまいます。XR機器の低価格化を推し進めたメタクエストが、さらに教育向けのサービスを展開させればよりXR教育は身近なものになるでしょう。
すでにケンタッキー州では地域の教育機関に2450台のQuest デバイスの導入を行い、最終的には5000台以上の導入を目指すそうです。そしてMDMとしてManageXRを取り入れ、リモート管理を容易にし、アップデートの制御もMDMで行っているとのこと。先生に聞いたところ、この10年、日本での学校のiPadの普及も管理方法あってのことでした。
参考:
- New Meta Quest for Education Product Due this Year - XR Today
- Over 2,000 Meta Quest Headsets Deployed in Kentucky Schools - XR Today
- https://twitter.com/Xrtoday/status/1754897738636906687
3つ目のレポートレポートは、スウェーデンの学校でのデジタル禁止の動きについてのものです。読解力などの低下を懸念しアナログな学習方法を見直す動きは、いずれ日本でも注目されるでしょう。ICTの利用は発達段階に応じて適切に設定する必要があり、日本の教育スタイルは、その点で適しているかもしれないということが読み取れます。
■教育先進国として知られているスウェーデンの学校でのデジタル禁止の動き。
スウェーデンの教育大臣は2023年3月、幼稚園でのデジタル機器の義務化に関する国立教育庁の決定を覆したいと政府が考えていると発表しています。スウェーデンの学生の読解力はヨーロッパの平均を上回っているものの、小学4年生の読解レベルに関する国際テスト「国際読解リテラシー調査の進捗状況」によると、スウェーデンの子どもたちは2016年から2021年にかけて順位を落としているとのことです。オンライン授業やタブレットを使った学習が進む中、読解力の大幅な低下が懸念された結果、今後はデジタルからアナログへ、タブレットから紙への回帰が増えていくことが予想されます。
スウェーデンのカロリンスカ研究所は「正確性のないデジタルソースから知識を得るのではなく、印刷された教科書や教師の専門知識を通じて知識を得る」ことを必要としています。これは知識や解法はICT教材から一方的に与えられるのではないこと、またそれらは教師との能動的な対話を通して得られるということです。
この記事を表面的に捉えると、ICTは子供達の教育にとって弊害となると読み取れるかもしれません。しかし、対象が「幼稚園」とあるように、発達段階に応じてICTの利用の仕方を設定する必要があるということ。幼い時は感覚器官から得られる情報と、リアルなコミュニケーションによって知識を得て成長し、中高校生からはその知識の上に、深い思考をしたり、課題解決をするためのツールとしてICTを利用するなどの工夫が必要だということです。そして発達に応じた段階的な指導は、欧米の自由な教育の枠組みより、ともすれば枠に嵌めがちと批判される日本の教育こそが実は最適な運営ができるかもしれません。埼玉県戸田市ではICTを「文具」として位置づけ、その段階的な活用法を示しています。
戸田市WEBサイトより
代替→増強→変革→再定義とその流れを規定し、当初は「教師が子供に○○をさせる」であったものが変革期からは「子供が○○をする」と自立性を高めるようになっています。加えて情報モラルの発達も合わせて設定しており、授業の枠組みを越えたデジタルシチズンシップ教育と言えるでしょう。アナログへの回帰を至上とするのではなく、ICTを文具として適切に活用できる人材を育てることが今の時代に必要なのではないでしょうか。
参考:
4つ目のレポートレポートは、ミシガン大学のXRスタジオを活用した教育についてのものです。没入型の学習環境は、学習内容の理解を深める上で効果的そうですね。将来的には、教室そのものがXRスタジオのようになり、より深い学びと体験ができるようになるかもしれないということが読み取れます。
ミシガン大学のアカデミックイノベーションセンターにあるXRスタジオでは、主に建築分野の学習で使われています。ミシガン大学のジョナサン・ルール氏は「没入型の環境を作り出すことで、建設コンセプトがより具体的になり、図面や画像を通じて現在の学習方法を補完します」として、XRスタジオで拡張現実オブジェクトを持ち上げて移動させるなど、先進的な講義を行っています。また別の場所の人物をXRスタジオに投影することで、世界のどこからでも等身大の講義を聞くことができるようになっています。
さて、このスタジオの成功は、今後の学校教育とICT機器の在り方を変えるのかもしれません。例えばゴーグルタイプの機器を装着して学校の授業をしたとしましょう。被ってしまえば表情を見ることができず、教師は反応を見ることができません。それなら、教室そのものをXRスタジオにできれば、生物の授業も、物理のシミュレーションも、地学のプレートテクトニクスの説明も全員が同じXR空間を共有することで、より深い学びと体験ができるのではないでしょうか。美術もリアルサイズのものを間近に観察できればきっと楽しいはずです。もちろん、今はまだ気軽に導入できるものではありませんが、少し先の将来では、教室に入れば教科の世界に飛び込めるようになるかもしれません。
参考:
- Bridging academic worlds with virtual production
- Bridging academic worlds with virtual production: U-M’s XR stage expands global education | University of Michigan News
高校生ならではの鋭い観察眼と柔軟な発想が、EdTechの可能性を探る上で大きな示唆を与えてくれます。
一方で、高校生のレポートからは、EdTech導入における課題も浮き彫りになりました。特に、教員のEdTech活用スキルの向上と、それを支援する体制の必要性が指摘されています。教員は日々の業務に追われ、新しい技術を独力で習得することは容易ではありません。EdTechの専門家が現場の教員と連携し、適切な教育活動を共に設計していくことが求められます。
具体的には、EdTechの専門家が教員とのディスカッションを通じて、各教科や学習場面に適したEdTech活用法を提案したり、必要な機器を貸し出したりすることが考えられます。また、ワークショップを開催し、教員がEdTech機器の操作方法を実践的に学べる機会を設けることも有効でしょう。
EdTechは急速に普及しつつありますが、その速度に現場の教員がついていくことは容易ではありません。十分活用されなければ教育現場の実情を踏まえ、教員支援の重要性を認識することが、EdTechの健全な発展には不可欠です。高校生の視点を活かしながら、EdTechの専門家と教員が協力し、理想的なEdTech活用の在り方を模索していくことが求められています。
GIGAスクール端末の更新には2000億円を超える国費が投入されました。高校生の柔軟な発想力と、教員の経験に基づく知見、そしてEdTechの専門家の技術力を結集することで、より効果的で持続可能なEdTechの活用が実現するはずです。教育の未来を担う高校生とともに、EdTechの可能性を追求し、課題を乗り越えていきたいものです。