「教育に関心のあるインテリの方々」
がFacebookやTwitterで発言しているのに対し、私が反論することが、ここ数年で何回かありました。ときには逆ギレされて、大変疲れました。
みんな、現場をわかってない・・・ウンザリしてきたので、記事にまとめることにしました。
「日本のICT教育はアメリカより遅れている」
教育インテリの方々の1つめの主張は
「日本のICT教育はアメリカより遅れている」
というものです。
アメリカの学校現場におけるIT導入の現状から見る日本の教育ICT導入に関する議論の特殊さ | こたえのない学校 | blog
この記事によると、小学校の・・・
- 1年生:クリックやドラッグ&ドロップするだけのゲーム
- 2年生:パソコンでのタイピングの練習
- 3年生:自分で検索をして、プロジェクトに携わる
- 4年生:自身のパソコンを使って調査をした上で、パワーポイントやワードのようなソフトを使って発表
- 56年生:学校で使った教材や画像、映像などをGoogle Driveに先生が保存し、それをダウンロードして見たり、宿題や課題提出もGoogle Driveにアップデートするようになる
のだそうです。また、
教室内でどのように授業をされているかというと、大体プロジェクターとスクリーンがあって、ホワイトボードとの併用で授業が行われています。写真のような形が基本形です。
先生は、自分で授業用のプレゼンテーション資料を保存し、それぞれの教科に応じて、学区での推奨コンテンツや、Youtubeなども含めた関連の映像教材を柔軟に使います。
教師にも基本的なITのリテラシーが求められていて、子供たちの興味を誘う有益なコンテンツを探してきます。
いやー、素晴らしいですね。特にGoogle Driveを使うなんて、しびれますね!たしかに
「日本のICT教育はアメリカより遅れている」
・・・もし、アメリカの他の学校もこの学校レベルならばね。
Google Drive?
日本の学校は多少の差はあれ、だいたい同じ設備を備えています。例えば理科実験室には実験器具がひと通りあり、コンピューター教室があり、教示用のプロジェクターがあります。
しかしアメリカは、同じ公立学校でも、学校によって備える設備に大きな差があります。例えば裕福な学校は、ダンスダンスレボリューションを何台も買って体育の授業に使っていたりします。その一方で貧しい学校は、理科実験器具すらそろえていません。
なぜアメリカは、学校によって備える設備に大きな差があるのでしょう?それは、寄付です。アメリカでは住んでいる地域の学校に寄付をするという文化があり、裕福な地域では多額の寄付が学校に集まり、貧しい地域では寄付が集まりません。
先ほどの学校では生徒全員がGoogle Driveを使うことが前提になっていましたね。親がスマホしか持っていないような貧しい家庭の子どもはどうしたらいいのでしょう?生徒の半分がシングルマザー家庭の学校は、日本にもありますよ。回線引いて、PC買って、維持費を払う。学校が寄付金で買って上げるならいいですが、家庭に自腹を切らせるのは難しいでしょう。
つまり、
「日本のICT教育はアメリカより遅れている」
は、正確には
「日本のICT教育はアメリカの*進んだ*学校より遅れている」
ということです。
義務教育期間は平等にすべき
余談ですが私個人はアメリカの差別教育よりも日本の平等教育の方が良いと思います。
アメリカの貧しい学校では社会の地域探検や理科の実験はできないでしょう。学校の治安も悪いでしょう。日本でも貧しい地域の学校では教室移動の際に教室に鍵をかけます。盗難防止です。
差別教育は残酷だと思います。私は、子どもたちには、せめて義務教育期間は同等の教育を受けさせてあげたいと思います。たとえICT面で遅れていても。
「教育とは知識の教授である」
教育インテリの方々の2つめの主張は
「教育とは知識の教授である」
というものです。
わかりにくいですね。例えば、こんなやりとりをされている方々がおられました。
Aさん:日本も「オンライン学校を受ければ義務教育はそれでよし」と認めれば良いのでは
Bさん:日本は「学校に行くこと」が義務教育だという暗黙の了解みたいなのがあるような気がする
要するに「知識を習得すれば、それでいいんじゃないか」ということです。
いいんでしょうか?
信頼という手段
まず知識の習得自体に関して。
特に小学校は、生徒の担任への信頼感を使って授業します。普段長時間接している担任だからこそ、悪ガキでも話を聞きます。ちなみに小学生対象の塾は生徒が遊んでしまい大変です。
中学校でも同じです。「あの先生は嫌いだったから、授業を全然覚えていない」という経験は誰もが持っていると思います。逆に、一生懸命教えてくれる教育実習生や人間的魅力(真剣、工夫する、面白い)のある先生の授業は、聞きます。
ちなみに生徒は、先生のことをよく見ています。その先生のちょっとした気遣いや努力、あるいは無神経さや不公平さに気づき、その先生の評価を変えていきます。その評価行為は同時に、その生徒の人間観や「どんな大人になりたいか」を形成していきます。
オンライン授業ですか?聞きますかね・・・訳ありならともかく、大いに疑問です。
「授業は先生の仕事の1割」
ところで私の師匠は
「授業は先生の仕事の1割」
と言ってました。
わかりますかね?ここがいちばん重要なところです。
では先生の仕事ってなんでしょう?列挙しましょうか。
- 授業時間中の廊下の巡回(サボっている生徒がいたら、力尽くで教室まで引っ張っていく。男性教員しかできない)
- 生徒間トラブルの仲裁(特に女子生徒のグループ間対立。女性教員の方が仲裁に入りやすい)
- 盗難事件の犯人捜し
- 暴力事件の対処
- いじめの対処
- 学校外のパトロール(祭りのときなど)
- 暴力団の排除(卒業式のときになどに入ってこないように閉め出す)
- 登校拒否の対処
おっと、ハードなものから挙げてしまいましたね。
- 家庭訪問
- 運動会準備・運営(テント張り、器具準備、来客誘導、進行など)
- 式典準備・運営(卒業式の垂れ幕設置など)
- 部活指導
- 校外授業活動の手配・準備・進行(遠足、職業体験、修学旅行)
え?授業の準備?忙しいので「そんなもの」は後回しです。スキマ時間に雑にやってしまうか、すべてが終わった夜にやるか。
学校は授業を受けるだけの場所?
学校は授業を受けるだけの場所ではありません。
- いつも暴力事件を起こしている問題児が、運動会の騎馬戦で大将になり鬨の声を上げる
- 厳粛な雰囲気の卒業式の中、卒業する生徒たちが涙する
- 校長が全校集会で特定の部活の全国大会出場決定を伝え、生徒たちがどっとわく
- 全然授業を聞いていなかった低学力生徒が、相性の良い先生との出会いをきっかけに勉強するようになる
- ボロボロになっている教育実習生の授業を、生徒が熱心に聞く
- 放送委員の生徒が、間違いの許されない厳粛な雰囲気の入学式で、マイクや音楽再生の仕事をやる
- 授業中は寝て、放課後の部活のためにエネルギーを温存する生徒
- 生徒会のメンバーが、毎朝登校してくる生徒にあいさつ運動をする
- 先生を信用していなかった生徒があるとき先生から褒められ、少しずつ心を開く
学校は、生徒の人生の一部です。笑ったり泣いたり怒られたり喜んだりして、変わっていく場です。単に知識を教える授業だけの場ではありません。