
XR Kaigi 2025のエキスポに参加して、改めて確信したことがあります。それは「XR技術の価値は、実際に体験しないと理解できない」ということです。
XR技術の本質は、言葉や映像では伝えきれません。スペック表を眺めても、デモ動画を見ても、実際に体験したときの「なるほど、こういうことか」という感覚には遠く及ばないのです。
今回のエキスポでは、その「体験しなければわからない価値」を強く実感する展示が数多くありました。
- キヤノン
- NICT未来ICT研究所
- ホロラボ
- 横須賀市(Metaverse Yokosuka)
- XREAL
- Niantic Spatial
- NTTコノキュー(MiRZA)
- Happy Life Creators
- フレームシンセシス
- ESRIジャパン
- Root
- アルファシステムズ
- WARK
キヤノン
一眼レフカメラのCMOSセンサーの両端を使って視差を作り出し、1枚の写真から深度情報(デプスマップ)を取得する技術を展示していました。人物の顔を撮影すると、そこから20度程度視点を回転させたような立体映像を確認できます。
担当の方によると、10万円台のエントリーモデルでもこの処理が可能とのこと。スマホで被写体の周りをぐるぐる回るスキャン方法と比べ、一眼カメラでシャッターを切る動作は周囲から見ても自然です。この「社会的受容性」の高さは、実用化において重要なポイントだと感じました。
NICT未来ICT研究所
神戸にあるNICT未来ICT研究所の展示では、360度カメラ「THETA」の映像に、MRヘッドセット装着者が見ている仮想オブジェクトを重ね合わせてモニターに表示するシステムを体験しました。
この仕組みの面白さは「体験の共有」にあります。ヘッドセットを装着していない人も、装着者が何を見ているかをリアルタイムで確認できるのです。全員がヘッドセットを被らなくても、希望者だけが体験し、他の人はモニターを見るという形式で授業やイベントを進行できます。現実空間とバーチャル空間の位置合わせをマーカーレスで実現している点も技術的に注目です。
ホロラボ
ホロラボのブースでは、Meta社の「Ray-Ban Meta Display」を体験させていただきました。派手さはありませんが堅実な作りで、普及を目指すならこれくらい控えめな方がむしろ良いのかもしれません。
特に興味深かったのは、筋電位を測定するコントローラーです。技術的な土台を丁寧に固めにきているという印象を受けました。
横須賀市(Metaverse Yokosuka)
横須賀市のメタバース展示は大変ユニークでした。横浜や鎌倉といった強力な観光地に埋もれがちという課題を抱える横須賀市が、その突破口としてメタバース活用を始めたそうです。
印象的だったのは、市内の高校生が協力して名物の海軍カレー提供店舗などの写真を撮影し、メタバース空間内に配置しているという点です。累計20万人ものユーザーがこのメタバースを訪問したという実績には驚きました。自治体のXR活用事例として、今後の展開が楽しみです。
XREAL
XREALのブースでは最新のARグラスを体験しました。開催直前に「6DoF対応」という情報を見かけていたので、実際の性能が気になっていました。
従来の3DoFでは頭を動かすと画面も一緒についてきてしまいましたが、今回は画面が空間の特定位置にしっかり固定されており、ブレも少なく実用的なレベルでした。担当の方によると、XREALの基本理念はあくまで「スマートフォンの周辺機器」という立ち位置にあるとのこと。スタンドアローン型を目指すのではなく、手の届く価格帯を維持するという戦略が明確でした。
Niantic Spatial
Nianticは現在、「Scaniverse」というアプリを通じて3DGS(3D Gaussian Splatting)技術に注力しています。対象物の周りをスマホで撮影するだけで高精細な3Dモデルを生成できる技術です。
今回特に興味深かったのは、屋内での自己位置推定技術のデモでした。事前に作成した空間マップと照合し、スマホのカメラをカーテンやテーブルに向けるだけで「今、自分が部屋のどこにいて、どちらを向いているか」をリアルタイムに認識します。GPSが使えない屋内でも正確な位置合わせが可能になる技術で、応用範囲が広そうです。
NTTコノキュー(MiRZA)
NTTドコモの子会社であるNTTコノキューは、ARグラス「MiRZA」の体験デモを行っていました。普通のメガネに近い形状で、視野角も広い印象です。
展示では倉庫でのピッキング作業をMiRZAがサポートするというソリューションをデモしていました。ハードウェアからソフトウェアまで一貫して提供している点は、ARグラスの社会実装を本気で進めようという意気込みを感じさせます。位置合わせはQRコードを使用しており、特別な操作なしでスムーズに体験できました。
Happy Life Creators
メガネに取り付けるアタッチメント型の小型デバイス「GUiDE01」を展示していました。ハードウェア・スタートアップとして独自の製品を開発している点に注目です。
ホロラボで体験したRay-Ban Meta Displayと比較すると、こちらは輝度がかなり高く、上を見上げて照明を見てもしっかり映像が見えました。現在クラウドファンディングを実施中とのことです。
フレームシンセシス
8人同時で体験できる長編VR作品体験システムを展示していました。複数人での同期体験は技術的に難易度が高い領域です。実は代表の方が私の入居しているシェアオフィスのご近所に入居されたそうで、今後の交流が楽しみです。
ESRIジャパン
GISソフト「ArcGIS」と国土交通省の3D都市モデル「PLATEAU」を連携させたUnity用SDKを展示していました。PLATEAUの建物データにテクスチャを貼り付けることで、実際の街の中を歩いているようなVR体験が可能になります。
建物の高さや属性情報を活かした都市体験は、様々な分野での活用が期待できそうです。
Root
Meta Questを使った農業体験VRを展示していました。代表の方は学生時代の農業体験で人生が変わったという熱い想いをお持ちで、その想いがコンテンツにも反映されています。
私が体験したのはきゅうりの栽培です。苗植えから始まり、雄花と雌花の違いを学び、雌花を摘むことで養分を成長に回す仕組みを理解できます。変色した葉を切る作業や、20cm以上に育ったきゅうりだけを収穫するといった判断も求められます。動画で見るのとは違い、実際に意味を考えながら作業してフィードバックを得られる体験は教育的価値が高いと感じました。
アルファシステムズ
360度写真に説明パネルや動画を埋め込める教育用VRオーサリングツールを展示していました。奥行きや移動機能はありませんが、そのシンプルさがかえって強みになっています。
高床式倉庫の内部に入る体験では、建物のサイズ感がリアルに伝わり、「この集落の住民は何人くらいだったのだろう」と自然に興味が湧きました。現地に行かなくてもリアリティを感じられる点は、社会科学習などで大きな可能性を秘めています。
WARK
災害体験VRを展示していました。火災体験のシーンでは、しゃがむと煙が薄まる様子が体感でき、低姿勢で避難する必要性が直感的に理解できます。
タブレットでも体験可能なため、導入のハードルが低い点も魅力です。実際の避難訓練では伝えきれない「火災現場で立ったままだと危険」という感覚を、安全に体験できる価値は大きいと感じました。
ここまで多くの展示を紹介してきましたが、正直なところ、この記事を読んでも本当の価値は伝わらないと思います。「6DoFで映像が空間に固定される」と書いても、実際に頭を動かしてみないとその意味は実感できません。「農業VRで学びがある」と書いても、自分の手で雌花を摘んでみないとその面白さはわかりません。
XR Kaigiは「体験イベント」です。来年はぜひ会場に足を運んで、ご自身の目と体で最新のXR技術を体感してみてください。