
学びの原動力は、知識そのものではなく「人への興味」ではないでしょうか。
「物理教育の未来を創造する」フィール・フィジックスの植田です。先日、学習院大学で開催されたスタンフォード大学・時枝正教授の講演会に参加しました。
時枝正(ときえだ ただし)氏は、スタンフォード大学教授を務める数理物理学者・幾何学者で、流体力学やシンプレクティック幾何学を専門としつつ、数学と物理学の面白さを伝えるための「おもちゃ」の発明・研究・収集に情熱を注ぎ、アフリカでの数学教育支援(AIMS)にも貢献する、ユニークで多才な研究者です。
AIの発展によって教育の存在意義が揺らいでいる今、「教育とは何か」と自問する先生方も多いかもしれません。時枝先生のお話は、その問いへのヒントを与えてくれるものでした。
講演後の質疑応答で、時枝先生は「人間はとても社会的な生き物です」と語りました。
物理や数学の論文は非常に専門的で、プロの研究者でも読み通すのは容易ではありません。ところが不思議なことに、「論文の著者に一度でも会ったことがあると、その論文が読めるようになる」というのです。著者の顔を知っているからといって数式が簡単になるわけではありません。それでも、遠目に歩いているのを見かけただけの経験が、難解な論文を読み解く推進力になる。
つまり私たちは、知識に興味を持つ前に、まず「人」に興味を持つのかもしれません。
講演では、時枝先生ご自身が「人への興味が学びを動かす」ことを体現していました。
テーマは紙のような薄い物質の数学的性質でしたが、10歳くらいの子どもから大学生まで幅広い聴衆に合わせ、実際に紙を折ったり丸めたりしながら説明されました。質疑応答では教卓に腰かけ、足を組んでリラックスした姿勢で質問に答える場面もありました。先生の話にはユーモアと誠実さがあふれていました。
講演の最後には、古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスの言葉が紹介されました。「世の中のすべてのものは、面白く、興味深い何かを持っている」——日常の中にも探究すべきテーマは無数にあるというメッセージでした。
生徒は、教科書に興味を持つ前に、まず目の前の先生に興味を持つのかもしれません。「この先生の話なら聞いてみよう」という信頼が、学びの入り口になっているのではないでしょうか。
知識の伝達だけなら動画教材でも可能です。しかし、好奇心に火をつけ「もっと知りたい」と思わせるのは、生身の人間である教師の役割なのかもしれません。
先生方が日々生徒の前に立ち、語りかけること。その営みそのものが、学びを前に進める原動力になっている——そんな可能性を、みなさんと一緒に考えていければと思います。
最後に、この場を借りて今回の講演会を実現していただいた方々に感謝いたします。ありがとうございました。